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ガバナーメッセージ <第13回>
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感謝をこめて
昨年1月ガバナーエレクトとして、サンディエゴで開催された国際協議会に出席してウィルキンソン会
長から「Rotary Shares = ロータリーは分かちあいの心」を教示されてから準備にかかり、会長エレクト
研修セミナー、地区協議会を通してクラブ会長を始めとしてクラブの運営に関わる方々に示されたテーマ
の意味をお伝えしました。当該年度においては、公式訪問、地区大会、各種地区委員会と職務全うに全力
で努めて参りました。そして、あっという間にガバナー年度の一年間が過ぎてしまいました。それは諸先
輩を始めとした多くのロータリアンのご支援とご協力のお陰であると感謝をしております。そして、地区
運営に尽力をして活動されました全ての方々に衷心よりお礼申し上げます。
私はこの間、多くの方とお会いしました。ロータリーについて沢山の意見を交換させて頂きました。そ
して、私の頭の中にある靄の中にあるロータリー観が少しずつハッキリして行くのが感じられました。し
ばしば聴く言葉に「ロータリーは親睦が全て」「クラブ運営は取りあえず親睦をやっていれば良い」等々。
確かに国際ロータリーのプログラムにも、世界に90以上あり、共通の関心を持つロータリアンやその配
偶者、ローターアクターで構成されている世界ネットワーク活動グループとして、ロータリー親睦グルー
プ(職業別、趣味別グループ)とロータリー行動グループ(奉仕活動関連グループ)があります。クラブ
においては親睦活動委員会があり、例会での親睦にとどまらず、夜間例会での飲み会やゴルフにと大活躍
をしています。インターネットの辞書検索ページで「親睦」と入力して見ましたら、プログレッシブ和英
中辞典及びニューセンチュリー和英辞典では「friendship」と表示されました。事実「friendship=親睦」
として一生懸命クラブ会員の親睦のため活動しています。
ここで、ロータリーの歴史を振り返って見ますと、1905年2月23日、シカゴのマダム・ガリのレ
ストランでポール・ハリス、シルベスター・シールの二人が新しいクラブの構想について話し合い、その
後ガスターバス・ロアー、ハイラム・ショーレーを加えて4人の友人がロータリー創設の最初の会合を持
ったことは皆様ご承知のことと思います。まさにこの時期が「friendship=親睦」であると私は考えます。
やがてメンバーを増やしていく中でガスターバス・ロアーは健康上の理由で、ハイラム・ショーレーは3
回目の例会でと、二人はかなり早い時期に退会をしてしまいます。
さて、ロータリーで現在親睦に相当する言葉は「fellowship」が使用されています。では「friendship
=親睦」と「fellowship=親睦」とは全く同じ意味でしょうか。「friendship」は「友人の親しさ」を意
味するのに対して「fellowship」は呉越同舟とは言いませんが、「ある目的のために集まる仲間の親しさ
」を意味しているのではないでしょうか。ある方から私に「ロータリーは親睦が一番だと思うのですが」
と問いかけられました。私は「違います。親睦は当然のことで、順番を付けるようなものではなく、目的
遂行のための手段」と答えたのを記憶しています。つまり、ゴルフや麻雀、飲み会をやり、友達づきあい
をして特定の人間関係を作ることではないのです。ロータリーに入会し、まもなく退会した会員のアンケ
ートに「排他的で馴染めなかったから」とあったのをご記憶のことと思います。「fellowship」はクラブ
例会やロータリー運営において、仕事上のしがらみや、友人間のしがらみを超越してロータリーの目的で
ある「奉仕」を語り、実践するために、相手を思いやり、節度ある対応をすることではないかと思います。
ゴルフや麻雀、飲み会を否定するものでは有りませんが、あくまでも「fellowship」を補足するものと位
置づけるべきだと思います。
1927年アーサー・フレドリック・シェルドンにより職業奉仕の概念が取り入れられることでロータ
リーは大きな転換期を迎えます。ロータリーは哲学であると言われる部分なのだと思いますが、他の類似
団体との明確な違いを理論づけるものでしょう。しかし、「親睦」→「職業奉仕」と概念は変化するもの
のベクトルの向く先は自己であります。つまり自分や自分達のための発想です。1906年のドナルド・
カーター事件をご記憶でしょうか、特許弁理士ドナルド・カーターに[物質的互恵]の特典を説明して、
シカゴ・クラブへの入会を薦めたとき、「彼は職業を持って社会で生活している以上、職業を通じて社会
に貢献することが、自分が存在する証になるのであって、自分たちだけの利益にこだわって、社会的に何
もしない団体に将来性も魅力もない」と述べ、入会を断わりました。1917年にはアーチ・クランフが
「ロータリーが基金を作り全世界的な規模で慈善、教育、その他社会奉仕の分野で、何か良いことをしよ
うと」と提案したのがロータリー財団の始まりとされています。この二つの事柄はそれまでのロータリー
からすると、正反対の考え方です。ベクトルの示す方向は自己から他人に変わることとなります。そして、
現在のロータリーはこの部分である社会奉仕や国際奉仕に注目しているのです。そのため、ロータリーの
金看板である職業奉仕が、ないがしろにされていると嘆く方が多いのも事実であります。では、本当に職
業奉仕が、ないがしろにされているのでしょうか。私はそうは思いません。前述の「親睦」と同様に職業奉
仕をすることはロータリーにとって、あたりまえのことであり、会員自分自身の責任であると思います。
それはロータリーの綱領が不変であるからです。しかし、今年度は食肉偽装、賞味期限の改ざん、食べ残
しの再利用、産地偽装と挙げればきりがないくらい職業奉仕に関わる事件が取り上げられましたが、これ
らは職業奉仕以前のコンプライアンス(法令遵守)の問題です。
ロータリーを取り巻く社会が、ロータリーに求めているのはニーズに対応した社会奉仕であり、世界社
会奉仕であります。ポール・ハリスはロータリーの設立当初から「ロータリーは変化しなければならない
」と言っておりました。ダーウィン等の進化論にも見られるように、環境に適応しなければ淘汰されるこ
とになるでしょうし、適応していくことが進化とも言えます。ロータリーの歴史は100年を超えました。
世界は100年間の間に大きな変化をしています。多くの類似奉仕団体が活躍するようになりました。ま
た、個人でも奉仕活動をしています。ロータリーに入会し、まもなく退会した会員のアンケートに「活動
に期待はずれ」とあったのをご記憶のことと思います。私達のこの素晴らしいロータリーの理念であるD
NAを受け継いでもらうためには社会に適応しなければなりません。
ウィルフリッドJ.ウィルキンソン国際ロータリー会長が「Rotary Shares = ロータリーは分かちあい
の心」つまり「超我の奉仕」の実践をロータリアンに求めました。私達の持てるものを全ての人々と共有
するようにと。つまり、個々のロータリアンが親睦や職業奉仕を幹として育った樹木の収穫物である林檎
や、梨のように、その成果を外に向けて、奉仕活動として、必要な人々と共有して行こうということです。
ロータリーの徽章を付けて、仲間との親睦だけをはかり、ロータリーの理念だけを語るのではなく、共に
汗をかいて求められる活動の実践を今後も進めて行こうではありませんか。ロータリーのテーマはその年
度だけものではありません。それはロータリーの心だからです。皆様のロータリー人生がより満足できま
すことを心よりお祈り申し上げます。
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